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沈黙の家から

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・サルガッソー海について

・夏目漱石は『異次元を覗く家』を読んだことがあるのか?

:・ホジスン対フーディニ

・ホジスン作品の古書価のはなし

・ホジスンと版権

・ラヴクラフトのホジスン評

・マタンゴのはなし

 

四大長編の執筆時期について

 

 ホジスンの著作の紹介をするにあたって、最初に幾つかのことを書いておきたいと思います。大切な事が含まれているので、読んで置いてください。
まず最初にはっきりとさせておくべきだと思うのですが、ホジスンの事に関しては、いまだに分かっていない事が多いのです。彼は大衆作家、いわゆるパルプ作家であり、読み捨てられる運命にある小説を書いていました。そして、生前はそれなりの人気を博す事ができたものの、死後あっさりと忘れ去られ、長く不当に埋もれました。さらに、二度の戦争でブリティシュライブラリーの雑誌書庫が焼けたという事もあり、当時のパルプ雑誌の中には、この世から完全に失われてしまったものもあります。ですから、僅かな熱狂的なファンの努力にも関わらず、その全ての作品がまだ発掘されているとはとても言い難いのです。また、そうしたファンの中には、大切な資料を公にしようとしない、熱狂的なコレクターのような人たちもいて、さらに研究を困難にしています。彼の生涯に関しても、そういうわけですから、まだ不明な点が多いと言うわけです。
それでも、最近幾つか新たに分かった事があります。
中でも興味深いのは、彼のもっとも重要な長編群、つまり

「The Boats of the Glen Garrig」(1907)、
「The House on the Borderland」(1908)、
「The Ghost Pirates」(1909)


の<ボーダーランド三部作>、それから

「The Night Land」(1912)

の四作ですが、これは発表された順番は以上の通りですが、書かれた順番はどうやら全く違うらしいという新事実です。詳しいことはSam Gafford氏のレポートにありますが、かいつまんで説明すると以下のようになります。
 事の始まりは、Sam Gafford氏がホジスンの研究しているということを知った、S.T. Joshi氏からの知らせでした。1991年の夏のことです。Joshi氏は、今まで公表されていなかったホジスンの手紙数通から、作品の書かれた年代と発表された年代は違っていて、最初に書かれたのは「ナイトランド」であり、最後が「The Boats of the Glen Garrig」だと知ったというのです。
 もちろんSam Gafford氏にとってもそれは、にわかには信じがたい話でした。それまで信じられていた定説、つまり作品が発表順に書かれたというごくあたりまえの考え方と、まるで違うからです。しかも、作品を読んだ方には分かるでしょうが、発表順に書かれたと考えるのが、一見ごく自然に思えます。つまり、「The Boats of the Glen Garrig」がごく軽い海洋冒険ものであるのに対し、「ナイトランド」は一大異常作であり、彼の作品の集大成に思えるということです。作家が作品を追うごとに、その世界を深化させてゆくという考え方に基づけば、この流れ、つまり作品が発表された順番はとても自然に見えます。それはこういう考え方です

──ホジスンは最初、その船員としての経験を元にした海洋怪異譚を書くことで、作家としてのキャリアを始めたが、やがて「The House on the Borderland」で幻視家として目覚めた。そして「The Ghost Pirates」で海洋怪異譚の作家としては一つの頂点を極めたが、彼の想像力はそこに留まってはいなかった。ホジスンはその三年後、「The House on the Borderland」をさらに発展させた、彼の集大成ともいえる異常作、「The Night Land」を世に問う。

 無理の無い、当然の考え方ではないでしょうか?長く、これが普通の考え方でした。
ところが、数通の手紙がこの通説を一変します。
1991年の9月、Sam Gafford氏はオースティンのテキサス大学にある、ハリー・ランサム・リサーチセンターで、ホジスンがCoulson Kernahanに宛てて書いた9通の手紙のコピーを受け取りました。それは、これまでのホジスンの作品に対するアプローチの仕方を、根底から覆すに足りるものでした。
1905年9月25日の手紙で、ホジスンはこう書いてます。

 「私はたった今四冊目の本を書き終えたところだ。(中略)・・・本のタイトルはThe Boats of the 'Glen Carrig,'、私なりに一生懸命に、出来るだけ普通に楽しい(commonplace)作品になるように頑張ったつもりだ。でも、同時に私は恐れてもいるんだ。この作品のつまらない成功が、私が本当にオリジナリティのある作品を書くことの妨げになるんじゃないかってね」

 これはどういうことでしょうか?ホジスンはその手紙で、1905年9月25日までに4つの作品を書き終えていて、その四番目の小説が「The Boats of the 'Glen Carrig,'」 であるとはっきりと言っています。つまり、「The Boats of the 'Glen Carrig,'」に先立つ作品が三つあるわけです。
 また、1905年4月28日の手紙には

 「こうした生活を始めてから、8月で三年になる」

と書いています。ということはつまり、1902年の8月から1905年の9月までの間にホジスンは4つの長編を書いたということです。ホジスンの残された長篇は全てで4作ですから、もしそれらが<ボーダーランド三部作>にナイトランドを加えた4作であるなら、これはとてつもなく精力的な創作力だと言えるはずです。中でも特に、「ナイトランド」は20万語を越える大作ですから。
それを裏付ける、1905年9月25日の手紙ではこうあります。

 「君はもしかしたら、私の『The House of Mysteries』が21回、『The Ghost Pirates』が14回も出版を断られたということを面白く思うかもしれないが、なに、私は出版社がどうか出版させてくださいと頼みにくるまで魔法の家(The House of Mysteries)のベッドに馬鹿な海賊たち(naughty pirates)を寝かせておくことにするだけだよ。その時がきたら……」

 おそらく「The House of Mysteries」はそのタイトルから言っても、「The House on the Borderland」の元の題でしょうから、これでその四作のうちの三つは「ボーダーランド三部作」であることがはっきりします。しかも、その断られたという回数から、『The House of Mysteries』の後が『The Ghost Pirates』であることはほぼ間違いないでしょう。それでは、残りの一つは?手紙にそのことがはっきりと記されていたらよかったんですが、残念ながら「ナイトランド」に関する記述はありません。ですから、それは単にお蔵入りしてしまった習作、つまり「失われた作品」であると考えるべきなのかも知れません。しかし、ホジスンは1905年1月17日の手紙の最後にこう書いてます。

 「満足のゆくものになったなら、私はそれを、監視者(The Watcheres)の手にゆだねよう」

 後の「ナイトランド」に出てくる「The Watcheres」がここにすでに出てくるということは、少なくともこの時点でその骨格は出来ていたということになるはずだと、Sam Gafford氏は述べています。確かにそう考えるのが自然でしょう。「失われた作品」は、「ナイトランド」の第一稿である可能性が、非常に高いと思われます。そしてホジスンは、「ナイトランド」第一稿を、きっとCoulson Kernahan氏に読ませたことがあるのです。ですから、こうした仲間内の隠喩のような言い方が成立しているのでしょう。以上のことを踏まえると、実際の執筆時期は以下のように推測されます。

1. THE NIGHT LAND (1903?)

2. THE HOUSE ON THE BORDERLAND (1904)

3. THE GHOST PIRATES (1905)

4. THE BOATS OF THE 'GLEN CARRIG' (1905)

 つまり、

 ホジスンは最初に「ナイトランド」の第一稿(1903年頃)を完成させたものの、満足の行く出来ではなかったのでお蔵入りさせて推敲を重ねることにした。続いて「ナイトランド」を元にした作品「The House on the Borderland(1904)」を、続いて「The Ghost Pirates(1905)」を書いたものの、まるで相手にされなかったので、実際問題として生活のかかっているホジスンは、もっと平たく楽しめる、売れる作品をと、「The Boats of the 'Glen Carrig,' (1905)」を書いた。

というのがSam Gafford氏の結論です。つまりホジスンは、作家として深化していったのではなく、あえて意識的に俗化していった、というわけです。
どうでしょうか?
私にはこれは、全く正しいように思えます。
ずっと、漠然とした「釈然としない感じ」があったのが、ようやく腑に落ちたようです。

 

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